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なぜ自分がリストラされるのか

「なぜ自分がリストラされるのか」 価値急落の「6種族」とは?

……気づかない間に会社から必要とされなくなってしまう人は多い。その原因の一つは、会社が必要とする人材は常に変化しているということだ。

仕事ができるより“人気”が大事

「今後は仕事ができても“人気”のない人は出世できない。そればかりか、リストラの対象にもなりうる」

私は人事コンサルタントとしてさまざまな業種の人とお会いしているが、最近よく耳にするのが、中堅社員に対するこのような評価である。

 私自身は現場の人たちと接しているので「なるほど」と納得できるが、多くの人にとってはショッキングな言葉ではないだろうか。

 なにしろ、たとえ仕事ができても、部下や同僚に嫌われ「一緒に仕事をしたくない」と思われるような人は、上にいけないというのである。大げさにいえば、日本企業における出世の法則が変わってきたのだ。

 背景にあるのは、成果主義人事の行き詰まりである。

バブル崩壊後、日本企業の多くは、個人の成果を報酬や昇進に結びつける成果主義的な人事制度を競うように取り入れてきた。そこでは、結果を出せる社員がすなわち「いい社員」であり、周囲と円滑な関係を築けるかどうかは2次的な要素とされた。

 ところが、ここへきて深刻な副作用が出始めた。「なにがなんでも成果を出す。そのためには、あらゆる犠牲を払う」といった極端な成果至上主義に陥り、部下や同僚、あるいは協力会社の人と「うまくやる」ことができない中堅社員が増えたのだ。

 いうまでもなく、会社は組織で動いている。コミュニケーションがなおざりにされれば、組織全体としてのパフォーマンス(成果)はじわじわ低下する。日本企業の多くは、改めてそのことに気づき始めたのだ。

 もっとも、成果主義そのものが悪いのではない。高いパフォーマンスを目指し、チーム全体であれこれと工夫をこらすのは当然である。

 だが、ややもすると成果主義は「自分だけよければ」という個人成果主義に堕してしまう。とくに営業関係など数値化しやすい部署では、成績のよくないメンバーをあからさまに邪魔者扱いする雰囲気ができてしまった。

振り返ってみると、かつての日本型経営においては、メンバーどうしが「同じ釜の飯を食う仲間」として認め合い、良い意味でも悪い意味でも仲間意識が強かった。要領の悪い仲間が1人いると「しょうがないな、おれが教えてやるよ」と乗り出してくる“教え魔”がいたものである。

 ところが成果主義の浸透で、古き良き仲間意識は急速に失われつつある。企業によっては完全に駆逐されたといってもいい。ここ数年は、会社側も「それでいいんだ」というメッセージを発してきたからだ。

 その結果、組織内のいわゆる「いい人」が居場所をなくしてしまった。業績が格別いいわけではないが、性格が温厚で、結果的には組織を底上げしているような人たちである。彼らが十分な評価を受けず、代わりに、仕事はできるが、クールで個人主義的な人物が勝ち残ってしまうのだ。

 さて、本当に問題なのはここからである。クールで個人主義的な、仕事のできる若手がリーダーに昇進したらどうなるか。

ここ4~5年、いくつもの大企業で使えない種族といわれているのは、種族1:「若手有望株」だ。管理職としては使い物にならないのだ。

 この手のビジネスマンは、1プレーヤーとして自分の成績を挙げることには長けている。しかし彼らは、個人成果主義のもとで、要領の悪い仲間を邪魔者扱いすることに慣れてしまった。

 リーダーとしてチーム全体の成果に責任を持つ立場になると、なおさらその意識を強めるはずだ。成績のよくない部下を教育し底上げするのではなく、無視するとか、場合によっては排除しようとするのである。

 そのため組織には亀裂が走り、怨嗟の声が満ちるようになる。当然ながら、こういった上司には「あの人とは仕事をしたくない」という悪評が立つ。

 「部長と刺し違えてもいい」と思う

 私は顧問先で部課長向けの研修をするときに、あらかじめ部下から聞き取り調査を行うようにしているが、4~5年前から次のような声を耳にするようになった。

 「私が辞めるか、部長が辞めるかのどちらかです。刺し違えてもいいと思っています」

まことに激越な言葉である。ところが、上司自身にはまるで自覚がない。

 調査結果を受けて部課長本人に「あなたの部署はこういう現状ですよ」と伝えても、「他の部署と間違えているのでは?」となかなか納得しない。やがて事実だとわかると、今度は「誰がそんなこといったんですか!」と怒り始めるのだ。

 もちろん発言者の名前を教えるわけにはいかないが、このとき上司の頭には「自責」の2文字は存在しない。彼のなかでは反発を覚える部下のほうが100%悪いのである。

 そもそも、課長クラス以上になったときに一番重要なのは「自責の念を持つ」ということだ。たとえば部署内に伸びない部下が多い、残業が多い。こういうことはすべて管理職の責任である。どう解決するかは、まず自分の責任として考えなければならない。もちろん誰かに相談してもいいが、リーダーになっていく人にはそうした責任感が不可欠なのだ。

 ところが彼らは、組織の問題が表面化しても「出来の悪い部下をあてがわれたから成績が伸びない。いい迷惑だ」と開き直り、すぐに責任転嫁をする。

この手の人は、係長・主任レベルになり、ほんの3~4人のチームを組んで仕事をするという段階になると、早くもギクシャクした雰囲気をつくってしまう。プレーヤーとしては実績があるから必要以上にプライドが高く、できない人との連帯感を持てないのだ。

 さすがに会社側も問題点に気づいているので、今後は管理職に引き上げる際に、このようなタイプは慎重に避けるようになるだろう。だから「人気のない人は出世できない」のである。

 チーム全体のパフォーマンスを引き上げることがリーダーの仕事である。そのときに大事なことは、少数の「できる部下」を重用することではなく、多数の「ふつうの部下」をレベルアップさせることである。

 最近は、それができない上司も増えている。

 たとえば2割が「できる部下」、6割が「ふつうの部下」、残り2割が「できない部下」とする。この手の上司は、上位2割とだけ良好な関係を築き、その他の8割については「おまえら、邪魔だ」という認識である。

 これではチームとしての成果は挙がるはずがない。

本来、「できる」2割は、何もいわなくても成果を出すものだ。上司はその勢いを止めないように、少々フォローをするだけでよい。大事なのはむしろ「ふつうの」6割をケアすることだ。

 端的にいえば、2流ないし2.5流だった社員を、一緒に仕事をするなかで1.5流にまで引き上げるのだ。

 ところが、種族2:上位2割とだけ仕事をする上司は、多数派である「ふつうの部下」や「できない部下」をあっけなく見限ってしまう。すると、「できない多数派」と、ひとくくりにされることで、ふつうの部下のモチベーションが下がり、結局は8割の部下のパフォーマンスを悪化させてしまうのだ。

 以上は、いきすぎた成果主義の副作用といっていい。

人事コンサルタント 本田有明(ほんだ・ありあけ) 1952年、兵庫県生まれ。慶応大学哲学科卒業後、日本能率協会を経て96年に独立。著書に『本番に強い人、弱い人』(PHP新書)、『いつも「結果」が出せる人の仕事術』(PHP文庫)など。




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