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日本文化に帰する「人災」の無責任

日本人の基準からすれば、国会の東京電力・福島原子力発電所事故調査委員会が6日に提出した報告書は注目に値するものかもしれない。同委員会の調査は、日本では国政調査権の発動を要請する権限を持って行われた最初の独立調査だった。
641ページに及ぶ報告書は、タウンホールミーティングから世帯調査、1167人に対する合計900時間超もの聞き取り調査に基づき、独立機関が6カ月にわたり実施したかつてない調査の結果、まとめられた。

報告は2011年3月11日に発生した地震と津波と炉心溶融(メルトダウン)、そして約16万人もの人々を退去させ、一部地域を居住不可能にした事態を説明している。重要なのはこの大災害が自然の異常現象によるものではなく人災だと明言したことだ。

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報告書は福島で起きた災害を「深刻な人災」としながらも、誰がミスを犯したのかを特定していない。そのかわり、「根っから染みついた日本文化」こそが原因だと非難し、実質的に個人が責められないようにした。結論および提言の中には誰かを告発したり懲罰を加えることは盛り込まれていない。

 それでも報告は進むべき道筋を定める助けとなる。報告で指摘された重要な点は、東電がこれまで断固としてその可能性を認めなかったものだが、津波が襲う前に地震によって一部の原子炉と安全装備が機能不全に陥った可能性があるというところだ。また東電は、原子力安全・保安院によって求められていた地震対策を改善しておらず、保安院もそれを実施させていなかったことが分かった。

ところで、報告書の記述が極めて不十分だったのは、多くの同意を得た点でもあるのだが、福島で起きた激変を根本的には文化的な災難だったと結論付けたところだ。日本の「集団主義」のせいにしたり、はたまた「この事故の責任を負った者と同じ職務にほかの日本人が就いていたとしても、同じ結果だった可能性は十分ある」などと指摘しているのは責任逃れであるとともに陳腐な言い訳にすぎない。

 さらに、同委員会は日本人の「権威を疑問視したがらない態度」についても嘆いているが、多くの市民が福島原発の安全性に対する懸念を繰り返し表明してきた。彼らの警告は権力を持つ人々に排除されたのが実態だ。われわれとしては、今回の事故調査委員会の報告に盛り込まれた有益な所見や提言が排除されないことを望みたい。(ブルームバーグ James Gibney、Mary Duenwald)


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